エコン族の逆襲

井上智洋(早稲田大学政治経済学部)のブログです。主に、経済学について書きます。

消費税増税論議に欠けていることー政府の借金こそがマネーを増大させるー

1

日銀が大胆に金融緩和を行いさえすれば、市中に出回っているお金の量「マネーストック」が増大しデフレ不況から脱却できるので、消費税を増税しても構わない。そういった見解は恐らく間違いであろう。 

ゼロ金利下で、消費税増税によって国債の発行額を減らしたならば、その分だけマネーストックの増大は抑制されるはずである。

「ゼロ金利経済」は、通常の経済である「プラス金利経済」とは全く異なった性質を持っている。そのため、ほとんどプラス金利経済についてしか記述していない一般のマクロ経済学の教科書はあまりあてにならない。

例えば、ゼロ金利経済では「政府による財政政策」と「中央銀行による金融政策」を分けて考えることができなくなる。この経済では、マネーストックをコントロールし得るのは、中央銀行というよりもむしろ政府となる。一体なぜこのような奇妙なことが起きるのだろうか。

2

まずプラス金利経済の特徴を見てみよう。この経済では超過準備はほとんど存在しない。すなわち、市中銀行は法律で義務付けられた額である「法定準備額」を超えるマネーを準備預金として蓄えていない。

法定準備額は、「法定準備額=法定準備率×預金」という式で決定される。プラス金利経済は、法定準備率という制約がバインドしている経済であると言うことができる。

超過準備が存在しないということは、貸出余力が存在しないということを意味する。プラス金利経済では、貸出余力が一時的に生じたとしても、追加的な貸出が成されることで、すぐさまその余力は消滅する。

企業が市中銀行から借り入れを行うと信用創造が成される。同様に、政府が市中銀行から借り入れを行って(支出して)も信用創造が成される。ただし、プラス金利経済においては貸出余力が存在しないので、政府が市中銀行からマネーを借りれば、その分だけ企業への貸出はクラウディング・アウトされる。

したがって、政府が国債を市中銀行に購入させ、それを財源に支出すること(これを「ボンドファイナンス」と呼ぶことにする)を行っても、マネーストックが増大することはない。

3

ゼロ金利経済では超過準備が存在する。法定準備額より多くのマネーを準備預金として蓄えているのである。無駄に貯めこんでいるマネーであるから、貸出に回せば良いのだが、相応の資金需要がないので貸出に回さない。

もし新たな資金需要が発生すれば、信用創造が行われ、マネーストックは増大する。ところが、金利がゼロに達しているので、中央銀行はもはや金利を下げることができない。

ゼロ金利経済は、法定準備率がバインドしていない代わりに、ゼロ金利制約(ZLB)がバインドしている経済である。この時、金利政策は実施不可能であり、資金需要を増大させるような政策を打つことができない。

量的緩和政策は、準備預金の額(市中銀行が日銀に持つ当座預金の残高)を目標にし、増大させる政策である。ゼロ金利経済では量的緩和政策もまた無効であると「さしあたり」言える。準備預金がどれだけ増大しても、資金需要が増大しなければ、信用創造が行われずマネーストックが増大しないからである。

ところが、ゼロ金利経済で超過準備(したがって貸出余力)が存在する限り、ボンドファイナンスによって、マネーストックは増大する。この経済では、貸出余力が存在するので、政府が市中銀行からマネーを借りても、企業への貸出はクラウディング・アウトされないからである。

このように、ゼロ金利経済において、中央銀行は通常の政策手段ではマネーストックを増大させられないが、政府はボンドファイナンスによってマネーストックを増大させられる。

したがって、今の日本経済においてマネーストックを増大させるためには、国債を発行し、それを市中銀行に購入させることが必要である。今政府はできる限り借金をすべきなのである。借金こそがマネーを生み出し、デフレ不況からの脱却を可能にする。

逆に言えば、財政再建はマネーストックを縮小させる。それがデフレ不況の悪化を招くことは言うまでもないだろう。したがって、少なくとも景気が十分に回復し金利がプラスになり、超過準備が無くなるまでは、財政再建を目指すべきではない。

4

ボンドファイナンス以外にも、デフレ不況から脱却する手立てがないわけではない。それは近年注目を浴びている「期待に働きかける政策」である。量的緩和政策もそれが期待に働き掛けることができるならば景気回復の効果を持つ(さきほど「とりあえず」と言ったのはそのためである)。

もし、そのような期待に働きかける政策を実施する一方で、消費税を増税した場合、アクセルとブレーキを同時に踏んでいることになる。前者の効果は数量化し難いので、どちらの踏み込みの効果が強くなるのかは一概には言えない。消費税増税が景気を腰入れさせるとは断言できないのである。

だが、期待に働きかける政策よりも、マネーの増大を抑制する政策の方が確実性を持っているし、増税そのものが景気回復への期待感をペシャンコにしてしまう可能性もある。消費税増税はやはり避けるべきだろう。

5

政府の借金がこれ以上増大したら危険ではないかと思われるかもしれない。だが、市中銀行が保有する国債は中央銀行が買い入れればなんら問題は生じない。総じて言うと、市中銀行を経由しつつ政府が中央銀行から借金をしていることになる。これは言わば、右手が左手に借金をしているようなものであり、互いの債券と債務を相殺してしまえば、チャラになる。

マクロ経済学では、政府と中央銀行を合わせて「統合政府」と呼ぶ。我々が心配の対象とすべきなのは政府の債務ではなく、統合政府の(純)債務である。政府がいくら中央銀行から借金をしても、統合政府の債務は増大しない。

政府支出を中央銀行からの借金で賄うことは、「財政ファイナンス」などと呼ばれ批判の対象になることが多い。しかしながら、財政ファイナンスは警戒が必要な特殊な事態ではない。

通常、金融緩和のために実施される政策は、中央銀行による買いオペレーション(買いオペ)であり、それは多くの場合国債を買い入れることである。そういう意味においては、財政ファイナンスは常に成されると言っても良い。

ただし、財政ファイナンスという言葉は、買いオペの目的が金融緩和ではなく政府の借金の尻拭いである場合に特に用いられる。そのような目的の下での買いオペは危険視されることが多い。しかし、デフレ下で中央銀行は政府の借金の尻拭いを積極的に行うべきである。

政府の財源には、そもそも「税金」と「貨幣発行益」の2つがある。財政ファイナンスの実施は、貨幣発行益の活用を意味する。貨幣発行益は、人類が手にできるほとんど唯一の打出の小槌である。

特にデフレ下では、我々はこの小槌を副作用なしに振ることができる。財政ファイナンスを実施しない政府と中央銀行は、国民のウェルフェアを高める責務を怠っていることになる。